「保育士宿舎借り上げ支援事業」とは、保育士さん向けの家賃補助制度のひとつで、国や自治体が保育士用宿舎の借り上げを行う事業者に対して補助を行う取り組みのこと。
保育士の確保・定着・離職防止をはかるために、2015年4月から適用された制度で、待機児童問題が深刻な都市部を中心に、多くの自治体が実施しています。
働く保育士さんにとって、毎月の家賃を軽減できる「保育士宿舎借り上げ支援事業」。今回はその制度の概要や利用のメリットを紹介するとともに、制度を活用する際に注意したいポイントについても、詳しくお伝えしていきます。
「保育士宿舎借り上げ支援事業」ってなに?

近年、都市部を中心に「入りたくても保育園に入れない」という、いわゆる待機児童問題が非常に深刻になっています。
その要因のひとつとして挙げられているのが保育士不足。
保育士の資格を取得しているにもかかわらず、保育の現場で働くことを選択しない「潜在保育士」の多さも注目されており、処遇の改善などの対策を講じることによって保育士が働きやすい環境を整え、保育を担う人材を確保することが緊急の課題となっています。
「保育士宿舎借り上げ支援事業(※1)」も、保育士の人材確保・定着・離職防止を目的として実施されているもので、働く保育士に提供するために、事業者が宿舎を借り上げる場合に、国や自治体(市区町村)が給付金を支給することで支援するという取り組みです。
ただし「便利だから利用すればいい」というものではなく、注意すべき点やリスクもあるわ。
ここからはメリット・デメリット双方について、しっかりチェックしていくわよ!
(※1)自治体によっては、保育士のほか保育補助者、栄養士、調理員、保健師、看護師等、保育施設で勤務する職員も補助の対象としているために、「保育士等宿舎借り上げ支援事業」としていることもあります。
保育士宿舎借り上げ支援事業のしくみ
毎月の給与に補助金を上乗せする家賃補助・住宅手当とは異なり、「保育士宿舎借り上げ支援事業」は、月々の家賃そのものの負担が軽減される、いわゆる“現物支給型”の補助制度です。
また、一般的な社宅・職員寮では補助を行うのが事業者(園の運営元の法人等)となるのに対し、「保育士宿舎借り上げ支援事業」の場合には、おもに国や自治体が補助金を支給(※2)します。
(※2)国・自治体は家賃の全額を補助するわけではないため、事業者も家賃の一部補助を行っています。

事業者によっても異なるけれど、たとえば「月額1万円」など、家賃の一部は保育士さんの自己負担となるケースもあるので要注意よ。
ちなみに、家賃については毎月の給与から、賃料の一部(自己負担分)を差し引かれるので、自分で不動産業者などに払い込みをする必要はないわ。

事業の実施主体・対象施設は?
「保育士宿舎借り上げ支援事業」の実施主体となるのは、市町村や東京23区(特別区)といった自治体です。
ただし、政府が待機児童問題の解消を目指して取りくむ「待機児童解消加速化プラン」に参加する自治体となるので、すべての自治体で事業を実施しているわけではありません。
なお、基本的に対象となるのは都道府県や市町村、特別区以外が運営を行う民間認可保育所、認定こども園、小規模保育事業(小規模保育C型を除く)、事業所内保育事業、または待機児童解消加速化プラン対象の認可外保育施設です。
事業を実施する自治体によって、対象となる施設が異なる場合もあるため、制度を利用したい場合には自治体や事業者に確認するようにしましょう。
補助対象者の範囲は?
「保育士行く者借り上げ支援事業」の対象者は、基本的には保育所等に勤務する常勤保育士で、以下のような条件に該当する場合です。
- 2013年度以降、保育所等に新規に採用された
- 採用された日から起算して10年以内である
【参考】厚生労働省『保育士宿舎借り上げ支援事業の実施について』
ただし、2012年以前から保育所等が借り上げる宿舎に入居している場合や、ほかの家賃補助・住宅手当を受け取っている場合などには、対象外となります。
この条件に当てはまれば、かならずしも正規職員である必要はないわ。
自治体によっては、対象となる職員の範囲を広めたり、たとえば「施設長は除く」「以前に同制度を利用して補助を受けた場合は除く」など、細かな要件が加えられていることもあるよ!
申請した時点で条件に当てはまるからといって、向こう10年間ずっと補助が受けられるわけではないから注意してね。
利用のメリットは?

では、保育士さんにとって、「保育士宿舎借り上げ支援事業」を利用することには、どのようなメリットがあるのでしょうか。
実質的な収入アップになる
月々の家賃負担が軽減できることは、事業を利用するうえでの最大のメリットでしょう。
保育士宿舎借り上げ支援事業の場合には、国や自治体が補助金を支給しているため、事業者のみが補助を行う場合と比べて比較的手厚い補助を受けることができます。
月々の家賃を大幅に削減できることで自由に使えるお金が増えるため、実質的な収入アップとも捉えることができるでしょう。
たとえば、月々の手取り給与額が20万円で、家賃や共益費などの居住費が月7万円、保育士宿舎借り上げ支援事業の補助対象経費上限が8万2千円、そのうち自治体の補助が4分の3である場合には、次のような収入イメージとなります。
補助なし | 保育士宿舎借り上げ支援事業 | |
---|---|---|
手取り給与額 | 20万円 | |
補助対象経費 (家賃・共益費等) |
7万円 | |
保育士負担額 | 7万円 | 1万円 |
補助金額 | ー | 4万5千円 |
事業者負担額 | ー | 1万5千円 |
居住費を除いた収入額 | 13万円 | 19万円 |
「6万円給与アップ」を目指すのは難しくても、「保育士宿舎借り上げ支援事業を活用できる」という条件ならば、実現可能な場合もあるわ。
とくに、入職してすぐは転居や就職の準備などでお金がかかってしまいがち……。
生活基盤を整えるために、入職してしばらく保育士宿舎借り上げ支援事業を利用するのもひとつの方法ね。
自治体によっては補助を充実させていることもある
保育士宿舎借り上げ支援事業の実施主体は各自治体です。
そのため、厚生労働省が提示している実施要綱の内容に加え、自治体が独自に補助を充実させているケースもあります。
内容は補助対象の拡大や、就職にかかる準備金の貸付などさまざまなので、自治体のホームページなどで確認してみるとよいでしょう。
■東京都
保育士宿舎借り上げ支援事業だけでなく、潜在保育士等が保育士として復帰するにあたり、転居や仕事に必要な物品の購入等に必要な就職準備金の貸付を行う。
また、子どもを保育施設に預けて働く場合にも別途貸付制度を利用することができ、いずれも継続して2年以上の勤務で返還が免除される。
■大田区
保育士宿舎借り上げ支援事業の補償対象者を、保育士のみでなく保育補助者や調理員、看護師などまで拡大し、多くの自治体では対象外とされる施設長も対象としている。
■さいたま市
保育士宿舎借り上げ支援事業の補助対象者を、特例として保健師や看護師にも拡大。その他潜在保育士に対する就職準備金の貸付(返還免除あり)や、保育料の一部貸付などを行っている。
■千葉市
保育士宿舎借り上げ支援事業の補助対象者を、看護師・准看護師・保健師などにも拡大。礼金や更新料も補助対象経費として認めている。
その他潜在保育士に対する就職準備金の貸付(返還免除あり)や、保育料の一部貸付などを行っている。
■大阪市
保育士宿舎借り上げ支援事業だけでなく、潜在保育士に対する就職準備金の貸付や保育料の一部貸付、他府県から転入し就職した保育士に対して帰省費用や市内のレジャー施設利用などのために補助を行った事業者に対し、市が補助をする「大阪市保育士ウェルカム事業」などを実施している。
(※)紹介している自治体の補助実施内容は、今後変更される可能性もあります。制度利用を検討する際には、かならず各自治体等に確認を行うようにしましょう。
借り上げ宿舎が用意されている場合には、手続きが楽
保育士宿舎借り上げ支援事業を利用する場合には、すでに事業者が宿舎を借り上げており、入居できる物件が決まっていることもあります。
その場合、自分で借りる部屋を探したり、いくつもの物件を内見したり……という手間を省くことができるでしょう。
また、契約者は事業者となるため、不動産業者と賃借契約を取り交わすなどの手続きを個人で行わなくてよいのも、ひとつのメリットです。
なかには初期費用や更新料が軽減できるケースも……
基本的に補助の対象となるのは、賃借料および共益費(管理費)ですが、自治体によっては礼金や更新料なども対象経費としている場合があります。
その場合には、礼金や更新料を契約期間の月数で割り、毎月の賃借料などに加算できるため、実質的に通常の賃借契約よりも抑えることができるケースもあります。
(注意)礼金や更新料が補助の対象となる場合でも、月々の補助金額に上乗せされるため、礼金・更新料の支払いが全額免除されるというものではありません。
保育士宿舎借り上げ支援事業を利用しても、諸経費がまったくかからない、というわけではないから、勘違いしないよう注意してね!
利用に際して注意すべきことは?

保育士さんにとって、さまざまなメリットのある「保育士宿舎借り上げ支援事業」ですが、利用にあたっては注意すべき点もあります。
メリットだけに着目して「こんなはずではなかった……」となることのないよう、しっかりとチェックしていきましょう。
制度は廃止・縮小となる可能性もある
まず、大前提として確認しておきたいのが「保育士宿舎借り上げ支援事業」が恒久的に続くとは限らないということです。
状況が改善すれば、今後事業が廃止・縮小される可能性も十分にあるわ。
今後補助が受けられなくなる可能性がある、というリスクも頭においておく必要があるよ!
自治体・事業者によって補助の内容が違う
保育士宿舎借り上げ支援事業は全国一律の内容ではなく、実施主体である自治体によって補助の内容が異なります。
また、補助制度を実施するか否か、実施する場合に保育士さんに家賃負担を求めるかどうかは、各事業者の判断によります。
同じ自治体のなかでも、補助内容が異なることがあるので注意しましょう。
保育士さんが自治体に申請をして利用できる制度ではないから、利用には事業者が事業に参加していることが必要なのよ。
事業者独自の規定により、利用対象から外れることがある
保育士宿舎借り上げ支援制度では、多くの自治体で1日6時間以上かつ月20日以上勤務する常勤保育士であれば、雇用形態は問われないとされています。
しかし、事業者が独自の規定を設けている場合には、自治体の事業要綱上では補助の対象となっていても、借り上げ宿舎利用の対象とならないケースもあります。
だから「正規雇用職員に限る」「実家等が〇km以上離れており、転居が必要な職員に限る」などの条件があるケースがあるのよ。
居住費の全額が免除になるとは限らない
自治体のホームページなどでは、たとえば「一戸あたり月額82,000円の3/4(61,000円まで)を上限として助成します」といった記載がありますが、補助上限額までならば、自己負担がゼロになるというわけではありません。
保育士さんに自己負担額を設定しているケースも多く、事業者によってその金額も異なるため、注意しましょう。
また、補助の対象となる経費には、自治体ごとに一定の制限が設けられています。
対象経費以外にかかる居住費については、基本的に自己負担となるのでしっかりと内容を確認しておきましょう。
無償で住めるわけではないということは覚えておいてね!
わからないことがある場合や、求人選びで困ったときには信頼できるキャリアアドバイザーに相談してみるのも、ひとつの方法よ。
「しんぷる保育」には、保育士さんの転職に精通してるだけではなく、さまざまな制度や保育現場の動向も把握した、経験豊富なキャリアアドバイザーがいるよ。
第三者の視点から、的確なアドバイスをもらえるから、家賃補助をはじめ転職の条件決めなどに迷った際は相談してみてね!
選べる物件や入居日程に制限があることも
保育士宿舎借り上げ支援事業を実施している多くが、原則として当該市区町村内にある物件を補助の対象としています。
また、宿舎はあらかじめ事業者に用意されていたり、いくつかの物件のなかから選択したりすることもあり、かならずしも自由に物件を選ぶことができるわけではありません。
また、自治体から補助が出るのは雇用契約がスタートしてからであるため、就業前の入居が難しく、転居日程を指定されることもあるでしょう。
入居するには条件がある
保育士宿舎借り上げ支援事業を利用するには一定の制限があります。
「採用から起算して10年目までの常勤保育士であること」などのほかにも、自治体によっては施設長・管理者などの役職者は対象外となったり、単身者以外の場合に補助が受けられなかったりするケースがあります。
また、同棲やシェアルームなどは基本的に認められていないことが多いわ。
知らずに複数人で居住してしまうと規約違反となってしまい、場合によっては退去を求められる可能性もあるので、希望する場合には、規約で同棲などを認めている事業者を探す必要があるわね。
自分が補助を受けられるかどうか、事前にしっかり確認するのはもちろん、わからない部分などはキャリアアドバイザーに相談してみると安心だね!
居住年数に制限がある
保育士宿舎借り上げ支援事業がスタートした際、その対象となる職員は、基本的に採用から起算して5年以内の常勤保育士に限られていました。
その後採用後10年以内まで要件が緩和されましたが、制度の利用に一定の期限が設けられているということに変わりはありません。
現状では採用から10年目の年度末以降は、補助が受けられなくなるほか、事業者が借り上げている当該物件から退去し、あらたに住居を探さなくてはならない可能性もあるということは念頭においておきましょう。
契約者はあくまでも「事業者」
すこしわかりにくい注意点として、保育士さんが居住する住宅でも、その契約者はあくまでも「事業者」であるという点が挙げられます。
平穏に暮らしていればそのことが問題になることはほとんどありませんが、たとえば近隣住民や同じ宿舎に住むほかの職員との間でトラブルがあった場合などには、事業者を巻き込んでしまう可能性があります。
支払い金額によっては所得税がかかる
借り上げ宿舎を利用する際、自己負担額がない場合や、わずかな賃料で居住できる場合などには、「賃借料相当額(※3)」が給与とみなされ課税されます。
その場合は補助を受けなかった場合と比べて所得税が高くなるため、注意しましょう。
【参考】
保育士に対し宿舎を貸与する場合、事業者が保育士から1ヶ月当たり一定額の自己負担額(賃借料相当額の50%)以上を受け取っていれば課税されません。
ただし、無償で貸与する場合はその賃借料相当額が給与とみなされ課税されます。
また、自己負担額が賃借料相当額の50%より低い場合は、自己負担額と賃借料相当額の差額が給与として課税されます。
現物支給の場合でも、所得税課税の対象となることがある点は要注意よ!
(※3)賃借料相当額は、建物・敷地の固定資産税の課税基準額や、総床面積などから算出されます。詳しくは国税庁のホームページや税務署等で確認しましょう。
賃貸料相当額とは、次の①~③の合計額をいいます
①(その年度の建物の固定資産税の課税標準額)×0.2%
②12円×(その建物の総床面積(平方メートル)/3.3(平方メートル))
③(その年度の敷地の固定資産税の課税標準額)×0.22%
【参考】国税庁『No.2597 使用人に社宅や寮などを貸したとき』
いっぽうで無償で居住できる場合には、賃借料相当額である10,000円が課税の対象になるわ。
「複雑でイマイチよくわからない……」と不安な保育士さんは、気軽に相談してみてね。
保育士宿舎借り上げ事業利用の流れ

最後に、保育士宿舎借り上げ支援事業を利用する際の流れについて、紹介していきましょう。
◆交付申請書を事業者に提出
補助を受けるために必要な交付申請書に必要事項を記入し、事業者に提出します。
◆事業者による宿舎借り上げ
事業者は宿舎を借り上げる、あるいはすでに契約している物件のなかから空室を確認するなど、宿舎提供の準備を行います。
◆就業・入居
採用された事業者での勤務を開始し、借り上げ宿舎での生活をスタートします。
◆保育士証や転居後の住民票など必要書類を提出
住民票を移すなど転居に必要な行政手続きが完了次第、転居後の住所が確認できる住民票や保育士証の写しなど、申請に必要な添付書類を事業者に提出します。
◆事業者が自治体に申請を行う
事業者は不動産賃借契約書、雇用証明書、保育士から受け取った申請書や添付書類などを自治体に提出します。(交付申請)
◆自治体が受領後に補助スタート
自治体が申請書類を確認し、承認されたのちに補助が開始されます。
◆年度ごとに交付申請を行う
自治体は各年度ごとに交付申請を行う必要があります。申請に際しては申請書や住民票などの必要書類を再度提出することが必要なため、保育士も書類等の準備を行います。
自治体や事業者によって、手続きの流れや必要書類が異なる場合がありますので、利用の際には詳細について事業者や自治体に確認するようにしましょう。
編集者より

今回は、保育士宿舎借り上げ支援事業について、その概要から注意点、利用の流れまで詳しくお伝えしてきましたが、いかがでしょうか。
メリットも多くあるいっぽう、注意すべき点や複雑な仕組みもあるということがおわかりいただけたことと思います。
生活に欠かせない居住費をサポートしてくれるありがたい制度ですが、一定期間しか利用できないことや、今後事業の廃止や縮小がある可能性を考えると、「家賃が無償になるから/軽減できるから」という理由だけで入職を決めるのは避けるべきでしょう。
楽しく充実感を持って働ける職場が見つけられるといいね!
保育士さんのお仕事探しのサポートは相談から入職まで、無料で受けられるから、気軽に相談してみてね!
【参考】
・厚生労働省『保育士宿舎借り上げ支援事業の実施について』(2020/4/10)
・内閣府『保育士宿舎借り上げ支援事業』(2020/4/10)
・国税庁『No.2597 使用人に社宅や寮などを貸したとき』(2020/4/10)
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